想像を超える経験の連続。好奇心と取材力を武器に、ニュースの最前線に立って歴史が動く瞬間をカメラに収める。 Kazuki Wakasugi

写真部

災害や事件・事故の現場から、政治、経済、文化、スポーツ、芸能まで、新聞に掲載されるあらゆるジャンルの写真を撮ります。撮影のための事前取材を行い、グラフ紙面などの記事も書くため「写真記者」と呼ばれます。読売新聞の写真部は有数の規模を誇り、チームを組んでさまざまな角度から深く取材にあたる機会が多いのも特徴です。採用時にカメラの経験は問わず、記者としての資質も重視しています。

若杉 和希 若杉 和希

2010年入社/法学部卒
大学時代にカメラに興味を持ち、「話題の中心に身を置いて写真を撮ることを仕事にしたい」と新聞社を就職先として検討。なかでも読売新聞に注目したのは、夕刊で連載している写真グラフ「ズームアップ Weekly」にひかれたから。読売新聞は紙面の写真が大きく、かつ大切に扱っている印象を受けて入社を志望。

1年目に経験した東日本大震災の取材。そこで自分の無力さを痛感した。

1年目に経験した東日本大震災の取材。そこで自分の無力さを痛感した。

いま起きていることの最前線に身を置いて、写真を撮ることを仕事にできれば、きっと面白い人生が送れるに違いない。そんな思いから写真記者を志したのですが、1年目から衝撃的な経験をしました。2011年3月に起こった東日本大震災。一報が入るや否や、先輩と車で東北の沿岸部へ。津波で街が消滅している現状を目の当たりにしました。想像をはるかに超える悲惨な光景に言葉を失いました。必死でシャッターを切ったものの、まったく技量が足らず、カメラのモニターを確認しても、目の前の光景が全然伝わってこない。当然、紙面にもなかなか掲載されませんでした。被災地で出会う方からは『全国に真実を伝えてほしい』と自ら被写体になってくださる方もいました。せっかく応援していただいたのに、自分の写真が世に出て行かないことが本当に申し訳なくて……。もっと写真で「今」を伝えられる記者になりたいと、あの時味わった悔しい思いがいまの私の原動力になっています。

私が撮った写真で、一人でもいいから誰かの気持ちを動かしたい。 私が撮った写真で、一人でもいいから誰かの気持ちを動かしたい。

被災地にはその後も定期的に訪れて取材を続けています。被災した方々とのつながりも深まり、徐々にみなさんの気持ちに寄り添える写真が撮れるようになって、紙面に大きく取り上げられる機会も増えました。読売新聞は海外メディアにも写真を配信しています。被災地の「今」を写した私の写真が載ったニューヨーク・タイムズの紙面を見た時は、鳥肌が立ちました。言葉を超えて伝えられる、写真記者ならではの醍醐味を感じました。災害や事件・事故などのニュース報道に奔走する一方で、取材に時間をかけて、ひとつのテーマを追う取材にも取り組んでいます。複数の大型写真と記事で伝えたいことを表現する「グラフ記事」は、新聞1ページ分のスペースを使うため、多角的にじっくりと取材する必要があります。テーマ設定から取材、写真撮影と記事執筆まですべて自分一人で行います。落語の舞台の裏側に興味を持ち、ある落語家の方に密着取材して作成した「グラフ記事」は、思い出深い取材の一つになりました。読売新聞の写真部は自由度が高く、やりたいことを実現できるチャンスは大きい。自分が撮った写真を見て、誰か一人でもいいから私からのメッセージを感じとってくれて、その人に何か影響を与えることができれば、写真記者としてこれほど嬉しいことはありません。

誰もが簡単に写真を撮れる時代だからこそ、「写真記者」としての存在価値を。

誰もが簡単に写真を撮れる時代だからこそ、「写真記者」としての存在価値を。

国境を超えて取材に赴く機会もたびたびあります。宇宙飛行士の油井亀美也さんが搭乗するソユーズの帰還を撮影するためにカザフスタンまで行ったこともありますし、先日は皇族の海外訪問に同行してブータンを訪れました。2018年の平昌冬季オリンピックも現地に取材に行く予定です。歴史が動く瞬間に立ち会い、世間の注目を集める出来事を間近で目撃できます。普通に暮らしていればまず経験できないことで、とても興奮します。一方で、最近は誰もがスマートフォンなどで簡単に写真を撮り、SNSで発信する時代です。事件や事故など、その場に居合わせた人が撮った写真に勝るためには、裏側にある本質をつかみ、読者に知見を与えるような写真を撮らなければならない。そのベースとなるのは、たとえ困難な状況でも「何があるのか知りたい」という好奇心と、いろいろな人との対話を通して情報を収集していく取材力。これからの写真記者にはそうした力が求められていくと思います。

私の就職活動の軸

私の就職活動の軸