社会を動かす、読売の記事

第五福竜丸が“死の灰”に被曝、を特報

静岡県焼津港の第五福竜丸が、太平洋のビキニ環礁でマグロ漁中、アメリカの水爆実験に遭遇し、23人が被ばくした。読売新聞は、この情報を帰港翌日にキャッチし、特報。当時は日米両政府ともこの事実を把握していなかった。乗組員の一人が放射能による肝臓障害で半年後に死亡するなど、広島・長崎に続く悲劇となった。
さらに、汚染マグロが廃棄されるなど波紋を広げ、原水爆禁止の平和運動の大きなきっかけに。第五福竜丸は現在、東京・夢の島の第五福竜丸展示館に保存されている。

“提言報道”で国政をリード

憲法は国政の基本だが、戦後長らく、改正を議論することさえはばかられる雰囲気があった。読売新聞は、1992年から研究をはじめ、94年に読売憲法改正試案を発表した。国会では憲法調査会が設置され、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立するなど、改正に必要な法的環境の整備が大きく進んだ。
その後も、教育や医療、社会保障分野で提言を続けている。提言報道には、現実的な視点に立って責任ある報道を行う「主張する言論機関」の姿勢が結実している。

“東電女性社員殺害事件の“新証拠”をスクープ

1997年に発生した東京電力女性社員の殺害事件。DNA鑑定の結果、無期懲役が確定していたネパール人男性以外の第三者が犯人である可能性が浮上したことを、1面トップで報じた。この鑑定結果が決め手となり、男性の再審が開始され、無罪が確定。
その後も、検察側が自らに不利になる事実と分かった上で鑑定結果を不開示にしたことなど、捜査や公判の問題点を綿密な調査報道で明らかにすることで、刑事裁判における証拠開示や科学捜査のあり方に一石を投じることとなった。

“群馬大病院での腹腔鏡手術”をめぐる特報

群馬大学病院において、腹腔鏡を使う高難度の肝臓切除手術を受けた患者が、3年半の間に8人も死亡していたという事実をスクープ。保険適用外手術が倫理審査や患者への十分な説明もなく繰り返されていた。
取材チームは、閉鎖的な医療現場の壁を丹念な取材で突き崩し、先端医療の導入を巡る不透明な実態について問題提起を行った。一連の報道は、関係機関や医療現場が倫理や安全を見直すきっかけとなった。

“妻以外の卵子による体外受精”で、大きな議論を呼ぶ

長野県の産婦人科医が不妊に悩む夫婦に対し、妻の実妹から提供された卵子と夫の精子という非配偶者間の体外受精を試み、双子が誕生したという事例を報道。法規制もない中で行われたこの出来事は、日本人の生命・倫理観、宗教観に大きな波紋を広げた。
その後、卵子・精子の提供や代理出産などの生殖補助医療は急速に進み、卵子提供で生まれる子どもは国内で年間100人以上とみられている。しかし、法整備やルール作りはまだ進んでおらず、幅広い議論が求められている。

“駅員と乗客の団結”が、世界に感動をもたらす

JR京浜東北線・南浦和駅において、ホームと電車の隙間に転落した女性を引っ張り上げるために、乗客が協力して車両を押した救出劇。偶然居合わせた読売新聞の写真記者がスマホで撮影した写真は、日本国内のみならず、世界中のテレビや新聞で紹介された。
「どうしてこんなに迅速に乗客が団結できたのだろう」「おそらく日本だけで起こりうることです」。日本人の団結力の強さに、世界から驚嘆と称賛が寄せられることとなった。

戦後の“売血制度”への警鐘を鳴らす連載記事

1950年代から1960年代半ばまで、日本では輸血用血液の大部分を民間血液銀行が供給しており、それらは売血によって賄われていた。読売新聞は「黄色い血の恐怖」という連載を開始し、貧困から売血を繰り返す人の血液が黄色くなり、輸血に使われると悪性の肝炎などの感染症を引き起こす恐れがあると警告。高校生や大学生を中心とした売(買)血追放運動へとつながり、国会でも取り上げられる事態に。
その後、赤十字血液センターが各地に開設され、献血の受け入れ体制が急速に充実していった。

“松本サリン事件”でのオウム真理教の関与を初めて示唆

長野県松本市において、猛毒のサリンが一般市民に向けて散布された松本サリン事件。この報道において、山梨県上九一色村(当時)に施設を持っていた宗教団体・オウム真理教の関与が一気に浮上した。これは、オウム真理教の関与を示唆した最初の報道で、その後のオウム事件報道につながり、警察も強制捜査へと乗り出していった。