PROJECTSTORY

危険なバス停

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「社会に埋もれた課題を発掘し、伝える」。それが読売新聞が力を入れる調査報道だ。「#危険なバス停」は、読売新聞が2019年9月から報じている。交差点のそばにあるため、路線バスが停車すると、車体が横断歩道を塞ぎ歩行者が対向車の死角に入って、事故の危険性が高いバス停。そんな「危険なバス停」の存在を明らかにした。

2019年9月23日 朝刊掲載

STORY01

きっかけは
若手記者の「なぜ」。

「なぜそこにバスが?」。取材の始まりは、横浜支局の若手記者たちが抱いた小さな疑問だった。2018年8月30日夜、県警から1枚の交通事故の広報文が送られてきた。横浜市内で当時小学5年生の女の子が車にはねられ、死亡したという内容だった。支局で当直当番をしていた5年目の女性記者が警察に取材すると、バスが横断歩道をまたいで停車していたために、女の子がバス後方から道路を渡ろうとして、対向車にはねられたことがわかった。「バスが横断歩道上に停まっているっておかしくないですか?」。記者はわき上がった疑問を、早速事件事故を担当する県警チームに伝えた。

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#危険なバス停

STORY02

現場取材でわかった
「単なる事故ではない」。

翌朝、入社半年の1年目の男性記者は現場に赴き、目を疑った。「なにこれ」。横断歩道をバスが完全に塞いでしまっていた。交差点には信号機がなく、バスを降りてきた高校生たちは、バスの後ろから覗き込むようにして対向車線の車を確認し、おっかなびっくり車道を横断していく。付近の住人に話を聞いてみると、みな口をそろえて「危ない交差点だと思っていた」「交差点を改善してほしいと思っていたのに」と言う。
調べると、バスが死角となって歩行者の発見が遅れないよう、信号機のない横断歩道付近に路線バスの停留所を新設・位置変更する場合は、横断歩道から30メートル前後の位置とする県警の基準があることがわかった。しかし、事故現場の停留所はその基準を設ける前に設置されているため、市によると「法令違反などはない」という。
法令違反ではないが、危険であることは間違いない。横浜支局の記者が専門家に取材してみると「バスが安全な場所に停車していれば、事故は起きなかった可能性がある」との答えが返ってきた。これは単なる事故で終わらせてはいけない。事故から2日後、「バスの車体で生じた死角が、事故の一因だ」と問題提起する記事を、読売新聞全国版の社会面に掲載した。
その後、神奈川県内では、県警が中心となって、再発防止のために横断歩道付近にあるバス停の調査や移転が行われるなど改善が行われた。

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#危険なバス停

STORY03

データがないなら
自分たちで調べる。
新聞記者の意義はそこだ。

ところかわって、東京本社社会部。「こういう危険なバス停、全国にあると思うんですよね」。横浜支局が書いた記事を読んだ社会部の記者が、ぽろりとこぼした。「神奈川県内だけで対策を進めても、他県で対策が取られなければ住民は事故の危険性にさらされたまま。同じように安全対策を取る必要があるのでは」。その場にいたデスクの「そうだな。取材してみよう」という後押しもあり、4人の記者による「#危険なバス停」取材班が結成された。
バスやトラックなどが重大事故を起こした場合、国に事故報告書を提出する義務がある。横浜での事故や神奈川県内で対策が進められている現状を受け、国として危険なバス停の把握や調査をしているかを取材すると、国は調査していないことがわかった。「それなら自分たちが調べる。そこに新聞記者の意義がある」。調査報道が始まった。

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#危険なバス停

STORY04

地道な照会作業で
「危険なバス停」の
存在が明らかに。

横断歩道近くにある全国のバス停を調べる。たやすいように聞こえるかもしれないが、取材はそう簡単にはいかない。交通事故があると、警察は事故の概要を「広報文」にまとめて報道機関に提供する場合がある。しかし事故の広報文に書かれているのは、事故の発生日時や加害者・被害者の当事者、簡単な事故の概要だけ。横浜の事故でいえば、事故の当事者は乗用車のドライバーと女の子で、バス停の危険性については書かれていない。裁判も同じだ。刑事裁判で問われるのは、乗用車の運転手の刑事責任について。バス停が危険なバス停かどうかはわからない。そこで取材班は、バス事業者らがつくる各都道府県の「バス協会」に一件、一件照会をかけた。
取材開始からおよそ3か月。2019年9月1日朝刊1面トップに出したのが「バス停400か所 横断歩道危険 本紙全国調査 停車中に死角」だ。交差点のそばにバス停がある場合、事故の危険性が高いことを伝え、そういった危険なバス停が16都府県で400か所以上あることを明らかにした。同時に、それ以外の県では危険なバス停の存在さえ認識、把握されていないことも露呈した。

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#危険なバス停

STORY05

新聞と
デジタルで細かく、
わかりやすく。

読売新聞の報道を受け、国は全国の危険なバス停の調査を開始。危険なバス停が世の中に知られ、国や事業者は対策に乗り出した。読者やバス運転手からは続々と全国各地の危険なバス停の情報が集まり、各地にある地方支局の記者が、現場に足を運ぶ「現場主義」で取材を続け、紙面を展開している。
「何か所あるという数字を報じるだけでなく、実際にそれがどこにあるのか、どのような危険性があるのか、読者にもっとわかりやすく伝えたい」。記者たちは各地での取材時に、危険なバス停に、バスが横断歩道や交差点を塞いで止まる様子をスマートフォンで動画撮影。その動画を読売新聞オンラインにアップした。Twitter上では「#危険なバス停」のハッシュタグとともに、身近にあるバス停の情報が共有されていった。「自分の家のまわりにも危険なバス停がないか知りたい」。そんな読者の思いにもこたえるべく、国の調査結果で明らかになった危険なバス停の位置をデジタルマップに落とし、読売新聞オンラインで誰でも 見られるようにもしている。紙面とデジタルを掛け合わせて、読者がより詳しい情報に簡単に触れられる「新聞withデジタル」で発信を続けている。

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#危険なバス停

STORY06

進めていた
もう一つの取材。

2020年末時点で、全国36道府県計7325か所の危険なバス停が公表された。調査結果が公表されても、対策にはさらに時間がかかることが予想される。バス停の移設には関係者が多く、地権者の理解を得るのも難しい実情もあり、危険なバス停がなくなる日にはまだ時間がかかるだろう。「少しでも同じような事故がなくなるよう、伝え続けていく」。取材班の取材は続く。
取材班では、全国の危険なバス停の取材とともに進めていた取材がある。それが、2018年に横浜市で起きた事故で亡くなった小学5年生の女の子の遺族への取材だ。遺族は事故当時、報道機関の取材を断っていた。取材班の記者は、危険なバス停の存在を知らせ、再発防止を図りたいという思いで取材班を結成したことを伝え、「もしよろしければ、亡くなった女の子がどのような女の子だったのか、事故についてどのように思っているか、ご遺族の思いを聞かせていただけないか」と取材を依頼した。

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#危険なバス停

STORY07

「再発防止に役立てるなら」。
遺族の言葉が持つ力

「娘の死を無駄にしたくない。再発防止に役立てるなら」。お母さんが取材を引き受けてくださった理由をこう話してくれた。事故現場のバス停は、事故後に移設された。「もっと早く移設していれば、娘は死なずにすんだのではないか」。遺族の思いを載せた紙面には大きな反響が寄せられた。
取材した記者は言う。「ご遺族がお話をしてくださったことが、この問題を動かした。読売新聞の調査による、全国に400か所危険なバス停がある、という調査報道だけで、ここまで国が、社会が動いたか考えると、首を縦には振れない。再発防止を願うご遺族の思いが、言葉が伝わったからこそだ」。
現場に足を運び、人に話を聞いて、データを調べて、何がこの事象の本質なのかを見極める。データがないときには、自ら調査をする。人に思いを聞いて、その気持ちを伝える。そうした一つ一つの取材を重ね合わせて、社会に問題を発信し読者の関心に応える。それが新聞記者に求められる役割だと改めて実感している。
社会に眠る課題を伝えたい。
記録には残らない事実を調査する使命。
「危険なバス停」の存在を明らかに。
遺族の思いを言葉で紡ぐ。
新聞社、記者だからこそ、できることを。

#危険なバス停