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不正入試

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2018年8月2日、読売新聞朝刊に衝撃の文字が並んだ。
「女子受験者を一律減点東京医大、恣意的操作」。
東京医科大学(東京都)が女子受験者の得点を一律に減点して、女子の合格者数を抑制していたという特ダネだ。医学部入試での女子や浪人差別は、予備校関係者の間では、長年まことしやかにささやかれてはいた。しかし、それが表面化したことはなかった。
読売新聞の報道をきっかけに、順天堂大学や昭和大学など他大学でも女子や浪人を差別するなどの不正入試が行われていることが明らかになり、日本の医学界における「ゆがみ」は、国内外を巻き込んで大きな議論を呼んだ。
不正入試問題をめぐる一連の特ダネは、どのように生まれたのか。取材班の動きに迫った。

2018年8月8日 朝刊掲載

STORY01

しらみつぶしに
関係者を取材。

取材のきっかけは、2018年7月4日、東京地検特捜部が文部科学省の局長を受託収賄容疑で逮捕したことだった。文科省による私大支援事業に選ばれるように便宜を図った見返りに、東京医科大医学部医学科を受験した自分の息子に点数を加算してもらい、合格させてもらったという容疑だ。実は取材班は事前に事件の全容を把握できておらず、逮捕発表後に取材を始めた。
法人登記やホームページなどの公開情報をもとに、大学の理事、評議員、教授、職員、OB、大学の内部調査委員会の弁護士らを関係者一覧としてリスト化し、しらみつぶしに取材をかける。関係者回りという、ごくごくオーソドックスな方法で取材を重ねた。その中で出てきたのが、「裏口入学リスト」の存在だった。裏口入学をさせる受験生や親の名前が書かれたリストの存在は、7月13日に報じた。

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#不正入試

STORY02

衝撃の事実を
取材で掴む。

関係者回りはその後も続く。8月下旬、「(裏口入学での)個別の得点操作とは別の問題がある」。関係者の一人がポツリと漏らした。そこで浮上したのが、入試における女子差別だった。「男女の点数に係数をかけて、男子を受かりやすくする点数操作が常態化している」との告白に、取材班には衝撃が走った。
女子差別が事実なら、大きな問題になる。東京医科大が激しいバッシングにさらされるだけでなく、国も巻き込むような社会問題に発展する。記事化に向けてすぐに取材にとりかかると同時に、慎重にも慎重を期す必要があった。

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#不正入試

STORY03

「異常さ」を
なんとか記事にしたい。

得点操作の詳細を関係者から聞きだし、複数の関係者から裏付けをとるための関係者回りを進めると同時に、データの裏付けもとろうと、過去の入試データの分析を進めた。グラフにしてみると、男女の合格率の差は歴然としていた。「もし女子差別が本当に行われているなら、これはとんでもないことだ」。取材班はこの「異常さ」を記事にすべく、取材にも熱がこもった。
関係者の口は固く、裏付け取材は難航した。何とか複数の関係者から「得点操作により、女子の合格者数を減らしていた」という証言がとれ、8月2日の読売新聞朝刊を通じて、不正入試問題が初めて世に明らかになった。

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#不正入試

STORY04

ただ糾弾するのでなく、
社会への問いかけを
したい。

なぜ女子差別が行われてきたのか。複数の関係者の証言をまとめると、「女子医師は結婚や出産で離職するため、系列病院で医師不足が発生する可能性があるから」という懸念が大学側にあったためだ。私大の医学部出身者は多くの場合、多くが母校の大学か、その系列病院で働く。医学部入試には単なる入学者の選抜試験ではなく、当該大学病院の「医師の採用試験」の様相もなしているという特殊性があったのだ。
女性医師の離職。その背景には、医学界における「男性優位」の体質や子育て中の女性が働きにくいという医師の過酷な労働環境がある。取材班は東京医科大の関係者以外にも取材し、差別の背景や医療現場の実情を連載にして伝えた。単に東京医科大を糾弾するだけでなく、子育て中の女性が安心して働ける環境をどう整備するのか、社会への問いかけにしたいという思いを持っていたからだ。

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STORY05

地道な取材が
スクープを生む。

その後の取材や文部科学省の調査で、女子や浪人差別、特定の受験生への優遇などの不適切入試は、東京医科大を含め、少なくとも10大学で行われていたことが発覚。文科省は、入試における性別や年齢による差別を禁じた。各大学で是正が進み、東京医科大学の2019年の年明けから行われた入試では、女子の合格者が男子を上回った。
読売新聞が不正入試問題を報じていなかったら、今も入試において女性や浪人生が不当に扱われ、不合格にされていたかもしれない。
取材班は言う。「重い口を開いてくれたのは、丹念に関係者をまわり続けたから。地道に取材を重ねる。どんな特ダネもその地道さから生まれる」。

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